砂糖菓子屋とお客さま。番外編 パンプキンパイ。


ここは極北の町、スノウグラウンド。
冬にはたくさんの雪が降り、その他の季節はちょっとしかありません。
そんな町に一軒の砂糖菓子屋がありました。

砂糖菓子屋が冬にスノウグラウンドに越してきてから、あっという間に月日が経ちました。
クリスマス、バレンタイン、イースター……などなどたくさんの季節の行事があり、そのたびに砂糖菓子屋は創作お菓子を発表して町のみんなを楽しませています。
そんな砂糖菓子屋の目下の悩みは、10月の末にあるハロウィンのための創作お菓子についてでした。

「うーん、どうしたものかなぁ……」

カボチャを使ったお菓子にしようと思い立ったはいいものの、パンプキンプリンはもう常設のショーケースに並んでいるし、ただのパンプキンパイではあまり見かけがおもしろくありません。
厨房で砂糖菓子屋がああでもない、こうでもない、と頭をひねっていると、表のドアベルが鳴りました。
誰かやって来たようです。

「こんにちは」
「ああ、エレンちゃん。もうすっかり一人で来るのが板についたね」
「そう、かな?もう子供じゃないもん」
「あはは、じゃあ甘いものも控えちゃうのかな?」
「それは、別……」
「そうだと助かるなぁ、家計的に」
「お兄ちゃんは値段設定が甘いものね」
「うっ、ま、まあね」

痛いところを突かれた砂糖菓子屋はそう言うと、エレンが笑って答えます。

「お客さんに親切な値段、ってことでしょ。お兄ちゃんは優しいもんね。えーと、今日はパンプキンプリンを4つ」

砂糖菓子屋は照れていやいや、と舞い上がります。

「ありがとう、おまけにキャラメルポップコーンをちょっとおすそわけしとくね」
「……お兄ちゃん、ちょろいって言われない?」
「んー?何か言ったー?」
「ううん、何も」
「そう?はい、お待ちどうさま。パンプキンプリン4つ、とキャラメルポップコーン。……はぁ、パンプキンかぁ……」
「どうしたの?」
「いや、ハロウィンのお菓子を考えてるんだけど、なかなかいい案が浮かばなくて」
「パンプキンパイなんかは?」
「うん、考えたんだけど、物足りないというかなんというか……」
「そっか、そうね……パンプキンパイの上に何かのせて飾ってみる、っていうのは?」
「上に何か飾る……ねぇ。ありがとう、参考にさせてもらうよ」
「うん、頑張ってね。ばいばい」
「またどうぞ」

砂糖菓子屋がまた厨房へと戻ろうとすると、今度は入れ違いに猫族の子供たちがやって来ました。

「こんにちはー」
「また来てやったぞ」
「トキ、なんでそんな偉そうなの……」

賑やかな声が店内に響きます。

「やぁ、三人とも元気かい。久しぶりだね」
「お祭りの準備が忙しくって」
「お祭り?」
「ハロウィンのだよ。ったく父さんがやたらはりきってて、俺はいい迷惑だぜ」
「猫族は死者の霊を先導する”導く者”なんだって、お母さんが言ってたよ」
「ふん、めんどくせー」
「へぇ、この辺ではそんな言い伝えがあるんだ」
「今年はね、わたしがお祭りの儀式やるの〜」
「儀式?」
「リリがハロウィンの始まりを告げるオカリナを吹くんです」
「すごいね、リリちゃんはオカリナ上手なんだ?」
「へったくそだよ」
「そんなことないもん!トキの意地悪っ」
「ふーんだ」
「大丈夫だよ、毎日練習してるじゃない」
「そっか、頑張ってね」
「うん!」

話がひと段落したところで、トキがそわそわと店内を見回しています。

「なぁ、菓子屋のにーちゃん」
「なんだい?」
「カボチャのなんか、作ってるのか?」
「そう、だよ」

あまりの真剣なまなざしに気押されつつ、砂糖菓子屋は答えます。

「あ、ホントだ。カボチャのにおいがするー」
「ふふ、トキってば甘いものに関してレーダーでもついてるんじゃない?」
「うっせぇ。で、何作ってんだ?新作か?」
「うーん、新作と言うか何と言うか……」
「なんだよ、煮え切らないな」
「いやぁ、僕の場合煮詰まってるの方が正しいかも……」
「トキ、そんな詰め寄ったら、お兄さんが困っちゃうよ」
「いや、いいんだよルカくん。ハロウィン用のお菓子にまだ迷ってる僕も僕だからね」
「えっ、今からじゃ時間、大丈夫?」
「そうなんだよねぇ、今回は見送るべきかな……」
「何弱気なこと言ってんだ、出せよっ新作!」
「あああはい、すみません……」
「トキ!お兄さんを脅迫しない!」
「ちぇっ、しょうがねぇ、今日はこのシュークリームで我慢しといてやるよ」
「あ、あたしも〜」
「僕はこのマロンクリームのシュークリーム」
「ああ、うん、毎度ありがとうございます。はい、どうぞ」

トキ、ルカ、リリは目をきらきらとさせながらシュークリームを受け取ります。

「あはは、なんかこのシュークリーム顔みたい〜」
「本当だ、ちょっとたれた感じの顔だね」
「間抜けな顔だな」
「ははは、顔かぁ。そんなこと考えたこともなかったな。……顔。あああ!」
「うわっ」
「きゃっ」
「どうしたの、お兄さん!?」
「いや、うん、できたかもしれない」
「?」
「何が」
「その……ハロウィン新作お菓子が。失礼、今頭の中にあるうちに試作してみるよっ、それじゃあゆっくりしていってね!」

ドタバタと砂糖菓子屋は厨房へと消えて行きました。
そしてその後盛大にボウルをひっくり返す音がしました。

「「「……。」」」

「行っちゃった……」
「ま、まぁ、ハロウィンの日に期待しようよ!」
「楽しみにしてるからなっ!」

さて、一体何が出来上がるのでしょう?

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ハロウィン当日。

朝早くに猫族の儀式が執り行われることを知った砂糖菓子屋は、開店前に差し入れとして新作お菓子を持っていくことにしました。
猫族の集落までの道は、平坦ながらも長く、普段店にこもりっきりの砂糖菓子屋には結構な道のりでした。
その途中、見知った顔に出会いました。

「あれ、リコリスちゃんに、アイリスちゃん?」
「あら、お菓子屋さん。おはようございます」
「こんな所で会うなんて。お店は大丈夫なんですか?」
「ああ、今日は11時半オープンなんだ」
「もしかして、猫族のお祭りを見に?」
「そうなんだ。ちょっと差し入れを、ね」

砂糖菓子屋は軽く手に持っていた箱を持ちあげます。

「そうなんですか。私とリコちゃんもお祭り行こうかな、と思っていて……」
「そうそう、オカリナの儀式?を見に行こうってアイリスがすごく言うから」
「もう、リコちゃんだって乗り気だったじゃない」
「だって、楽しみだけど朝早いんだもの。あ、着いたみたい」
「……当たり前だけど、猫族だらけだね」
「ふふ、そうですね。なんだか別の世界に迷い込んじゃったみたい」
「はいはい。お菓子屋さんはこれからどうするの?」
「うーん、差し入れを渡してちょっとだけその儀式を覗いて、それからすぐに店にとんぼ返り、かな」
「ああ、それならここで別れましょうか」
「そうだね、君たちはじっくり見て行くんだろう?いい席、取れるといいね」
「はい。それじゃあ」

アイリスとリコリスは人ごみの中へと行ってしまいました。
砂糖菓子屋はしばらくお祭りの会場をうろうろして、ようやく控室を見つけて通してもらえないか頼んでみましたが、さすがにそれは……ということになり、代わりにメッセージカードと一緒に渡してもらえることになりました。
それから5分程して、盛大な演奏が始まり、それに合わせてハロウィンにちなんだミュージカルが進んでいきます。
小さな幽霊の役でトキとルカが一生懸命踊っていました。
二人とも砂糖菓子屋に気づいたようで、ちょっと照れくさそうにしていました。
さて、ミュージカルも終盤、”導く者”が幽霊たちの魂を慰め、天へと送るシーンです。
ステージの中央にちょこちょこと歩いて現れたリリは、少し緊張しているようでした。
薄いベールを被り、木の実で彩られた衣装を着ています。
リリは小さく息を吐くと、オカリナを吹き始めました。

「わぁ……、綺麗な音だ」

砂糖菓子屋は思わず息を呑みました。
軽やかなリズムで透明な音が周りを包みます。
幽霊役の猫族が一人、また一人とゆっくり退場していきます。
最後の一人が舞台袖に消え去ると、オカリナの音は徐々にゆったりと子守唄のようなリズムに変わり、やがて演奏が終わりました。
ぱち、ぱち、とどこかで拍手の音が聞こえ始めると、そこから先は音の洪水のように拍手が続き、歓声が上がりました。
リリはひょこっと頭を下げると、ベールを揺らしながら退場していきました。
その時に砂糖菓子屋と目が合い、お互いににっこりと笑い合いました。

さて、砂糖菓子屋は店に戻らなくてはなりません。
ハロウィンのお菓子は果たして出来ているのでしょうか?

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砂糖菓子屋が店に戻った時、その店の前に人影がありました。

(あれ、お客さんかな? 急いでお店を開けな……えええっ!?)

近づいて砂糖菓子屋はそんなまさか! と青くなりました。
足元の旅行鞄に金の長い髪、いつも着ていた青い模様の入った上着がひらりと風に舞います。
彼女の鋭い眼光が砂糖菓子屋を捕らえました。

「私を待たせるとは、いい度胸だな?」
「し、師匠ー!?な、何故いいいらっしゃるんですか!?」
「1度訪ねて来いと手紙を寄越したのはお前だろう」
「いや、はい、それは言いましたけど、こんな突然……」
「何か問題でもあるのか?」
「ありません!いまお店開けます!」
「そうしろ」

こうして砂糖菓子屋は師匠をお店へと案内しました。
ところが、開店と同時にハロウィンのお菓子を求めてお客さんが次から次へとやってきて、砂糖菓子屋はその対応に追われ、師匠は店の隅でじっとその様子を見ていました。

(あー、緊張するー)

砂糖菓子屋は内心冷や汗をかきつつも、お菓子を捌ききりました。
時計を見ると2時を指しています。
追加のお菓子が焼きあがるまで少し時間が空きました。

「あ、師匠、すいません何もできずに。今、お茶淹れますね」
「随分、繁盛しているようだな」
「ええ、皆さんよく来てくれます」
「ハロウィン用の創作菓子を出したのか」
「はい、パンプキンパイを」
「また普通なチョイスだな」
「はは……まぁ、スペシャルパンプキンパイってところですかね」
「まだ残っているか?」
「えーと、次に焼きあがるので良かったら」
「ああ、それを頼む」

砂糖菓子屋は師匠にティーカップを渡します。

「それにしても、びっくりしましたよ。お店、大丈夫なんですか?今日は稼ぎ時でしょうに」
「最近、優秀なのが一人入ってな。そいつのおかげで私も少し楽ができるようになった」
「そうなんですか……あ、焼きあがったみたいです。ちょっと行ってきます」

厨房へ入っていく砂糖菓子屋を見て、師匠は砂糖菓子屋に悟られないように少し笑いました。

「すっかり菓子馬鹿になったな、お前も」
「ん、師匠、何か言いました?」
「まだまだ精進が足らんと言ったんだ」
「はい、まだまだ未熟者です……」

しゅん、とする砂糖菓子屋の手にあるパンプキンパイを見て、師匠は一言言います。

「だが、未熟者にしては頑張ったようだな」
「! はい!」

砂糖菓子屋の持っていたパンプキンパイには小さな固く焼き上げたシュー生地にパンプキンクリームを詰め込んで作られたジャック・オ・ランタンが飾られ、クランベリーソースで「Happy Halloween!」と書かれていました。

「いつも来てくれる子供たちにヒントを貰って、これに行きつきました。ぜひ食べてみてください」
「そうか……。うむ、パンプキンの優しい味にクランベリーの酸味がきいている」
「あ、はい。普通クランベリーソースは肉料理に使うらしいんですけど、試しに使ってみたら意外に大丈夫かなーと思って……」

そこへドアベルの音が響きます。

「こんにちはー」
「あれ、すっごくうまかったぞ!」
「お兄さん、ありがとうございました」
「あれ、皆。お祭りはいいのかい?」
「一言、お礼だけ行って来なさいってお母さんたちが言ってくれたから来たの!」
「リリちゃん、すごく儀式の衣装似合ってたよ」
「へへへ、ありがとう」

さらにドアベルは続きます。

「こんにちは、お菓子屋さん。また会いましたね」
「あ、さっきの猫さん。こんにちは」
「こんにちは」
「ちょっと、耳触ってもいい?」
「え?」
「ちょっとアイリス、何してるのよっ」
「だって、あのお耳、フワフワしてて触ってみたいじゃない」
「なんでこういう時だけ積極的なのよ……」
「べ、別に、いいよ?」
「本当に! ありがとう! わぁ、フワフワで気持ちいい」
「お、おい、お前!あんまリリに変なことすんなよ!」
「あれ、トキ、もしかして焼きもち?」
「うっせぇぞ、ルカ!」

そして3回目のドアベルが鳴ります。

「こんにちは。ハロウィンのお菓子……あら? 人がいっぱい」
「ああ、こんにちは、エレンちゃん」
「大繁盛ね、お兄ちゃん」
「まぁね。あ、この新作のパンプキンパイいかがですか?」
「うん、それを1つ。ちゃんと出来たのね?」
「あはは、なんとか。毎度ありがとうございます」
「さっきから気になってたんだけど、そっちのお姉さんは?」
「ああ、僕の師匠だよ」
「へぇー、お姉さんが。こんにちは、いつもお兄ちゃんにお世話になってます」
「こんにちは。あまり頼りにならない奴だが、よろしくしてやってくれ」
「はい」
「ああ、なんだか収拾がつかなくなってきた……」
「いつもこうなのか?」
「いや、今日はちょっと特別な感じです。お祭りだから、かな?」
「またお前はそうやって根拠のないことを……。ま、お前が楽しくこの町でやっていけていることが分かっただけいいか」
「え?」
「昔ながらの地域に密着した店、がお前の夢だったんだろう? 叶ってよかったな」

師匠の言葉に砂糖菓子屋は満面の笑みで頷きました。

「……はい!」

こうして砂糖菓子屋のハロウィンは楽しく過ぎていくのでしたとさ。



Fin.

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