砂糖菓子屋とお客さま。 番外編 ショートケーキ。


これは、砂糖菓子屋がアルフレッドというしがないお菓子屋の下働きだった頃のお話です。

今日も一日、師匠の元で激務をこなしたアルフレッドはふらふらと帰り道についていました。
しかしそれを呼びとめる声がします。

「おーい、アルフレッドぉー!」

彼の名はジャック。アルフレッドと同じ時期に師匠の店へ弟子入りした、お調子者で楽天家な青年です。

「あ、ジャック。お疲れ様。どうしたんだい、そんなに慌てて」
「大変なんだよ! また師匠が抜き打ち試験やるっつー噂があってさ、」
「……それはもう抜き打ちとは言わないんじゃないかな」
「その辺はどーでもいいんだよ! で、その内容が『オリジナルデコレーションケーキ』なんだと!」
「なっ、本当に!?」

彼らが驚いているのには理由があります。
彼らの師匠はとても厳しい女性なのですが、彼女はめったに看板分けをしません。
彼女のお眼鏡に適うほどの職人がなかなか現れないためです。
常に鍛錬あれ、と抜き打ちテストを行い、回を重ねるごとに弟子たちは脱落していきます。
そしてその最後の試練こそが「オリジナルデコレーションケーキ」なのです。
自分が店を持った時に看板商品となるものをイメージして作られるそれは、自らの今までの経験をフルに活用したものとなり、そこで看板分けが行われるかどうかが下されるのです。

「どうしよう、僕、まだ心の準備が……」
「俺だって心臓バクバクだぜ。なにしろ犠牲者は星の数、合格者は一握り、なんだからな」
「また作ったケーキ投げつけられたら……」
「ははっ、入りたての頃のアレだろ?お前、どんくさかったよなぁ、顔にもろ喰らっちゃってさ。他の奴らギリギリで避けてるのにお前だけ生クリームまみれで」
「しかもまずい生クリームの、ね」
「まぁ、まずくなけりゃ、投げつけられることねーもんな。あ、俺こっちだわ。んじゃ、また明日な!なんとかしよーぜ!」
「うん、また明日」

さて、アルフレッドはどうするのでしょうか?

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次の日。
いつもと同じように業務をこなして一日が過ぎ、

(良かった、今日はやらないかも……!)

とほっとしていたアルフレッドでしたが、そうはいきませんでした。

「ジャック、アルフレッド。お前たちは残れ」

一瞬、師匠の声に厨房が静まりかえります。
師匠は長い金の髪を揺らしてショーケースの方へと行ってしまいました。
何人もの仲間たちが二人の方を叩いて、「がんばってこいよ」と励ましのセリフを残してロッカールームに消えていきます。
ついに厨房に二人きりとなったアルフレッドとジャックは顔を見合わせました。

「普通の洋菓子の試験だったらいいなー」
「棒読みで願ったって、神様聞いちゃくれねーぞ」
「ふ、普通のっ、洋菓子の試験だったらいいぶはぁっ!」
「この軟弱者っ!菓子作りに対して逃げ腰の姿勢でいろと誰が教えた!」
「し、師匠、痛いです、いたいですっ」
「あーあ、女王様ご降臨なすった」
「ジャック?何か言ったか?」
「いえ、何も!師匠、そろそろアルフレッドを離してやらないと色々可哀想です、特に頭髪面で。それにしても師匠、今日は俺たち、何をすればいいんですか?」
「お前たちが察している通りだ。オリジナルデコレーションケーキを作ってみろ」

師匠は超然とトレードマークの青い上着を翻し、厨房の椅子に座ります。

「「はい!」」

二人は大きく返事をして作業に取り掛かりました。
ジャックはオーソドックスなスポンジケーキを焼き上げ、真ん中に生クリームを挟み、チョコペーストを上に塗りました。
そして温めた飴で全体をコーティングし、さらにその上に飴を巧みに操って薔薇の花の装飾を施しました。
つやつやとした薔薇に囲まれたロマンティックなチョコケーキの完成です。
一方、アルフレッドはというと……。

「お、おい、アルフレッド」
「ん?なんだい、ジャック」
「お前、それで大丈夫なのか?」
「これでダメだったら、また最初からやり直すだけだよ」
「そんな笑って……師匠、出来ました!」
「僕も、出来ました」

二人の声に反応し、それまで彼らの作業をじっと見ていた師匠は立ち上がりました。
そして無言で作業台まで来ると、じっくり全体を眺めてから切り分けるよう二人に促しました。
ジャックの作品から試食が始まりました。
師匠がジャックのケーキを口に運ぶと、パリパリッという飴の音が響きました。

「飴を使う量が、きちんとしている。薄すぎず、厚すぎず。ケーキを味わうのを邪魔しない。チョコソースも香り高く、濃厚だ」

彼女の言葉にジャックは胸をなでおろします。

「ありがとうございます」
「薔薇の細工もよく出来ている。お前はやはり飴細工を中心にするつもりか?」
「はい。やっぱ俺、飴細工好きなんで。店持ったら飴細工でいろんな人を驚かせてやろうかと」
「あまり偏るなよ」
「気をつけます」

一礼してジャックは下がり、アルフレッドを心配そうにちらっと見ました。
次はアルフレッドの作品です。

「アルフレッド。……これは一体どういうつもりだ?」
「これが、僕のオリジナルデコレーションケーキです」

そう言ってアルフレッドが師匠の前に置いたのは、ショートケーキ。
生クリームの飾り方が独特な花模様になっていますが、ただのショートケーキです。

「食べていただいた方が、話が早いんじゃないかと思います」
「そうか」

師匠はフォークですくい、食べました。

「! これは……」

驚いた顔で師匠はアルフレッドを見ます。

「師匠の店で学んだ味付けと昔ながらの味を、僕独自の方法でドッキングさせたものです。
……僕は昔から田舎の砂糖菓子屋さんに憧れていたのですが、世の中がどんどん新しくなって、みんなの味の好みも変わってしまった。
それが僕は寂しくて、昔の味を思い出してもらいたくて。でもそれだけじゃ生き残れない。
だから師匠に弟子入りしてさまざまなお菓子作りを学んだんです。
僕の信念は、昔と今を引き合わせること。
それだけを思って、このケーキを作りました」
「……」

師匠は黙ったまま、アルフレッドをじっと見つめます。そして小さく笑ってこう言いました。

「お前は、入った時から問題児だったな」
「え?」
「合格だ」
「マジですか!?」
「ああ、二人とも合格だ。ここまでよく頑張ったな」
「「や、やったあぁー!」」

こうしてアルフレッドとジャックはめでたく店を持つこととなりました。
ところが、このお話はこれでおしまい、というわけにはいかなかったのです。

「ちなみに」
「なんですか、師匠?」
「アルフレッド、お前は看板分けではなく『独立』しろ」
「え、え、えー!?」

看板分けは師匠の店で修業したことを前面に押して開業する、いわば支店のような扱いで、独立というのはそういったことを一切許されない孤立無援の状態での開業のことなのです。

「独立ってそんな師匠、アルフレッドには無理ですよー」
「うるさい。アルフレッドは自分の信念を突き通すべきだ。私の看板を当てにしたらそれに潰される」
「ははぁ、師匠なりの優しさ、ってやつっすねぇどわっ!」
「……。外したか」
「裏拳は危ないですよー、さすがに」
「え、僕が、独立っ!?そんな、えー、どうしよう、どうしようー!!」

そんなわけで、アルフレッドは砂糖菓子屋として極北の町、スノウグラウンドにお店を出すことになりましたとさ。


Fin.

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